アナルセックス(AnalSex)>アナルセックス(AnalSex)の歴史
アナルセックスの歴史
本来、肛門は排泄するため存在していることは、誰もが疑うことのない事実である。 誰から教わることなく、排便するときに、肛門が開き、直腸にたまった便を排泄させている。 このような箇所を、何時の頃から性行為として認識するようになったのであろうか。 本来のセックスは子孫繁栄が目的であるのに対し、アナルセックスは子孫繁栄とは無関係であり、性行為による快楽だけを求めている。 そのことから、このような行為に対して、不快感に抱くものが存在する。 また、アナルセックスにより、快楽を知ったあと、二度としないと決意したにもかかわらず、またもしてしまうことが背徳行為であるかのように、自己嫌悪に陥るものもいる。 これは自慰をしたあとに陥る後悔と似たものであり、情報が共有する時代になるにつれて、その行為は身近な存在となった。
しかしながら、現在でも世界視野から覗き込んでみると、アナルセックスは一部の国や地域、宗教上の理由でタブーな行為であるとされているところがある。 特に法律などによる、規範(*1)が存在するところさえ残っている。 キリスト教が広まる前のヨーロッパや地中海世界ではキリスト教の教義から禁ずる事がなかったため男性同士および異性間の肛門性交は普遍的に行われていたという説がある。 カトリックでは処女性が強く求められていたことと中絶を認められていなかったため、肛門性交(アナルセックス)は中世ヨーロッパで広まった、という説もある。 基本的にはカトリックでは子供を作る目的以外の性行為は認めておらず、快楽の追求のための性行為は否定されているため、肛門性交(アナルセックス)は禁じている。
さて日本では、どのような歴史があるのだろうか? 日本書紀において「神功皇后摂政元年に昼が闇のようになり、これが何日間も続いた。 皇后がこの怪異の理由を尋ねたところある老人が、神官の小竹祝が病死したことを悲しんだ天野祝が追死し、両人を合葬した「阿豆那比(アヅナビ)之罪」のなせる業であるという。 そのため墓を開き、両者を別々の棺に納めて埋葬するとただちに日が照りだした」との記述がある。 この「阿豆那比之罪」こそが男色について述べた日本最古の記述であるとする説がある。 また「続日本記」には、天武天皇の孫である道祖王が聖武天皇の喪中に侍児と男色行為にふけって廃太子とされた記述を見ることができる。
男色の渡来は、仏教の伝来と同じ時期であるとされる。 仏教の戒律には「女犯」という僧侶が女と性交(セックス)する事(女色)を忌避するものがあった。 そのため、女色に代わって男色が寺社で行われるようになった(男色の対象とされた者たちは稚児として寺に入った少年達である)。 衆道(しゅどう)とは、「若衆道」(わかしゅどう)の略であり、日本においての、男性による同性愛・少年愛の名称および形態をいう。 別名「若道」(じゃくどう/にゃくどう)、「若色」(じゃくしょく)などと呼ぶこともある。 日本においての、男性による同性愛(衆道の元祖)は弘法大師空海といわれている。
平安時代、藤原頼長の日記『台記』から、同性愛の流行が公家にも及び、その片鱗は複数の男性と関係した事を明言されている。 室町時代においては、北畠親房が『神皇正統記』の中で、男色の流行(足利義満と世阿弥の男色関係が芸能の発展において多大な影響があったと記されている)に言及しており、その頃にも流行していた証拠とされている。 戦国時代には、戦国大名が小姓を男色の対象とした例が数多く見られる。織田信長と森蘭丸などが有名である。 江戸時代においては陰間遊び(売春をする若い男)が町人の間で流行し、日本橋の葭町は陰間茶屋のメッカとして繁栄した。 衆道は当時の町人文化にも好んで題材とされ『東海道中膝栗毛』発端には喜多八はそもそも弥次郎兵衛の馴染の陰間(同性愛者)であったことが述べられている。 『好色一代男』には主人公が一生のうちに交わった人数を「たはふれし女三千七百四十二人。小人(少年)のもてあそび七百二十五人」と書かれている。 このようなことから、日本においては男色は変態的な行為、少なくとも女色と比較して倫理的に問題がある行為とは見なされず、男色を行う者は別に隠すこともなかった。 しかし江戸時代後半期に寛政の改革・天保の改革などで徹底的な風俗粛清が行われると衰退し始めた。 幕末には一部の地域や大名クラスを除いては、あまり行われなくなっていった。 更に明治維新以降には先に述べたキリスト教的な宗教観が流入したことによって急速に異端視されるように至った。 明治6年(1873年)6月13日に制定された「改定律例」第266条において「鶏姦罪」の規定が設けられた。 「凡(およそ)、鶏姦スル者ハ各懲役九十日。華士族ハ破廉恥甚ヲ以テ論ス 其鶏姦セラルルノ幼童一五歳以下ノ者ハ坐(罪)セス モシ強姦スル者ハ懲役十年 未ダ成ラサル者ハ一等を減ス」とされた。 男性同士の性行為が法的に禁止される(この規定は明治13年制定の旧刑法からは削除された)に至った。 日本で同性愛行為が刑事罰の対象とされた時期があったが、現在では、そのような法律はない。 現代においても、一部の芸能界において、名が売れていない修行中の少年俳優および歌手などは生活をするために、密かに男色を売っている風習が残っているとされている。
*1.法律での禁止例として、アメリカ合衆国で施行されていた、「ソドミー法(同性間性交渉を禁止する法律)」がある。 この法律は本来、同性愛を禁じるための法律であるが、思想や恋愛感情を事実上、規制することは出来ないため、その行為である肛門性交(アナルセックス)を禁じたものである。 これは、かつては50州すべてに存在していたが、2004年現在では13州までに減少している。 また、テキサス州の法律は、2003年6月26日にアメリカ最高裁により違憲との判決を下された。